札幌"南三条通り界隈"をキーワードにした情報ポータルサイト3jyo.tv

南三条界隈物語

南3条界隈のドアを空けるきっかけを作ってくれた人

 

しょうちゃん

 

近藤鞘介さんが、本日12時45分に亡くなりました。

享年62歳。

 

しょうすけどん。36号線沿いのファンキーなお店。

バーボン、ボブ・マーリー、辺見マリを愛した男。

 

しょうちゃん

ありがとう。

| | コメント(0) | トラックバック(0)
サイフの中には500円

am1:00
まだ誰かと話したくて、何かに出会いたくて、ボクは3条を徘徊している。
最後のコイン1枚を握り締め、ボクは3条を徘徊している。

ボクが南3界隈で飲みはじめたころから
この界隈でお店が増えはじめた、楽しさが倍増してゆく。
スタンレー、FM、サルティンバンコ、スモールバー、ララ宇宙、
しょうすけどん、キキルコ・・・・


最後のコイン1枚を握り締め、ボクは3条を徘徊している。
何処かのドアを空けるために。

最後のお店を出ると、からっぽのサイフがいる。
それは今も変わらない。

| | コメント(0) | トラックバック(0)
3条の入口をくぐってしまったボクは
ほぼ毎日、南3条界隈で飲んだくれることになる。


最初の頃は誰彼かまわず、人を誘ってくり出していたのだが
3条に行けば誰かいるしと、一人でカウンターに座り
そこで出会う人々にクダをまき、顔見知りになっていく。

毎日が新規営業開拓だ。

出会う人々は95%年上。奢ってもらえる。
知らない世界の話も沢山聞けた。楽しくてしょうがない。

ほぼ毎日、ボクは南3条界隈で飲んだくれることになる。

しょうがないことだ。

| | コメント(0) | トラックバック(0)
みんなに " しょうちゃん " そう呼ばれていた男は
いつも店内で " ボブ・マーリー " を流し、毎日バーボン1本を空にしていた。

面白そうなおっさん。そのおっさんに興味を持ちはじめ
ボクはCAMCAMのカウンターに通うことになる。
カウンターに座る人々は多種多様。
TV番組制作者、役者、モデル、唄うたい、アパレル系、
各種デザイナー、広告代理店、絵描き、ラブホテルオーナー、
レコード屋、DJ、飲食店オーナー、etc‥‥。いろんな人種。
このころはカメラマンが特に多かったなぁ。

今まで多くの飲食店やBarで働く人々を見てきたが
人と人を繋げるトークは " しょうちゃん " と呼ばれていたこの人が一番だった。
天下一品。" しょうちゃん " を超える人には未だ出合ってない。
この天下一品の技によって、出会いが爆発的に増えていった。

平凡なサラリーマンのボクにとっては、とても刺激的な日々。
その刺激に犯され、3条のディープな世界にはまり込んでいったのです。



| | コメント(0) | トラックバック(0)
夏の終わりにその店に入った。
17、8年前だと思う。

仕事の途中、車でその行灯をよく眼にしていた。
ナゼか心引かれ、ずっと気になっていた。

当時は、飯をたいらげた後にカラオケパブ?みたいな所か、スナックでカラオケ。
もしくはソウルが鳴らない、下火になっていたディスコ。その繰り返し。
当然、ススキノ。
飽きていたのか、面白い所がないのか、
ユーロビートが大嫌いだったせいなのか
何かを探していた。

夏の終わりにその店に入った。


camcam.jpg

CAMCAM(カムカム)
当時は南3条通に面していた。
そこで面白いおっさんを見つけた。
" しょうちゃん " みんなにそう呼ばれていた。

ボクの3条デビューである。



| | コメント(0) | トラックバック(0)

2010年5月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31